感情と身体のつながり

一ヶ月半前に書いたブログの、小南さんの著書『「病は気から」ニューアプローチ』をやった感想。ずっと書いていませんでした。

と言うのも、一ヶ月ぐらいの間に何度もワークをしたら都度の変化が大きすぎて、まとめられるほどに結論が出るのに時間がかかってしまった。

『「病は気から」ニューアプローチ』のワークについては著作権もあるのでここで詳しくは書けませんが、自分の病気に対して「治る」というアファメーションを行いながら、幾つかの簡単なお題をリフレクション(内省)していきます。アファメーションとは、言霊のようなもので、肯定的なイメージを言葉で発し、宣言していくことです。

お題は12問のシンプルなもので、この病気は自分にとって何を意味するのか、そこに存在するマイナスの感情は何なのか?を問うものです。思い浮かんだことを言葉にしていくだけです。これを何回も繰り返すことで、感じていなかった感情を表に出して言葉にし、自分自身の感情と病気から来る苦しみや感情を明確にし、ただただ感情をあるがまま素直に表現することを通していく作業が、最終的に自分と病気を自然と切り離し、自分自身の心と細胞のベクトルを治る方向に向けて行けます。

マイナスでネガティブな感情もあるがまま受け入れる。ただただ言語化して、表に出していく。

とてもシンプルなので始めは典型的な答えが出てきます。これは1回やることで意味があるのではなく、何度も行うことに意味があります。

何度も繰り返すと1回目に行った時に言葉として表現した感情はすでに「認知」されているため、2回目はその下にあった感情が出てくる、3回目は言語化された1と2の感情の下にあったものが出てくる、4回目にはすでに感情や思考の枠が広がるというか、普通は認知できない潜在意識に触れる感触がありました。出てくる言葉が何かを超えた感じになってきます。マイナス感情も自己批判も減っていく。

また、豊富で気持ちの良い風を受けながら自転車に乗っていた時に5回目のワークをしたら、そこには何もなかったです。内省するものは何にもない。気持ちの良いアファメーションしかできませんでした。

豊富の状態はちょっと特殊な環境だったので、それは例外として、4回目までで実際にやって思ったのは、とてもシンプルなワークだけれども、「その病気を引き起こした自分のメンタル」と「慢性病の苦しみから来る日々の辛さ」を切り分けるのにとても良いかも。

「その病気を引き起こした自分のメンタル」は例えば「インナーチャイルドの癒し」などで表現されることの多い「幼少時代の傷から来る思考の癖の気づき」が必要ですが、それは別のワークが必要です。

これまでそういうワークをしたことがない人がまず初めの一歩でやれる、とても簡単なところでは超有名な「鏡の法則」が入りやすいかも。私も30台半ばまで感じ方がよくわからなかった「怒り」というものを認識するのと「許し」を行うために、昔一番初めにやったワークだったと記憶してます。本を購入して試すことができます。

許せない人や許せない出来事がある人、家族・仕事などで人間関係に問題がある人、自分がどうも周りに起こることに感情的に対処できていないと感じる人はやってみると良いかと思います。

「幼少時代の傷から来る思考の癖の気づき」の方法は他にもこのブログで「心のトリートメント方法」で紹介している幾つかの方法や、しほちゃんの『私を生きるセラピー』も良いと思います。人それぞれその時々の状況で合うものは異なるので、その時々の問題の内容で合うやり方を選んでいくと良いと思います。

いずれにせよ、どの方法だったとしても傷が深ければ深いほど、自分の痛みに向き合うワークは大変だと思います。

やっと「記憶の中の傷」を癒したとしても(癒せる癒せないで、その後どれだけ楽に生きられるかは雲泥の差ですが)、幼少の頃できた思考の癖は簡単には変わりはしないので、長い人生油断をするとついつい出てきてしまいます。私なんかもそうですが、慢性病となる火種を持っていると、やっぱり生活の変化の中で受ける環境の物理的変化とストレスとが重なりカクッとなった時に、またポンっと出てきてしまうこともあります。ストレスを受けた時の自分の心の癖はわかっているので、気づいて早々に環境を変えても、ちょっとタイミングが遅かったりすると、スイッチがオンになってしまうこともあります。

そして慢性病の辛い状況が続くと何か重いものに徐々に包まれていってしまいます。昨日の苦しさを引きずったまま今日を生きる感じで、自分の意思とは関係なく黒いボールの大きな塊に飲み込まれる感じ。長くなればなるほどボールが大きくなっていく。

昔、自分も経験してわかりましたが、何ヶ月も何年も続く痛さや痒みというものは、昨日までの痛さや痒みから来る積み重なった何かわからない黒いものに包まれた状態のまま、その日その瞬間の痛さや痒みに対応しながら必死にその瞬間を生きることだけに集中しています。何ヶ月も何年も経ち、黒いものを引きずりながらもかすかな希望にしがみついてなんとか生きながら、その状態を「辛い」と認識した時や症状が悪化したまま変化が見られなくなり「希望」が消えかけた時、死が初めて頭に浮かびます。

病気が原因で自殺をしてしまう人の気持ちが初めてわかりました。

この『「病は気から」ニューアプローチ』のワークはその黒いものをクリアにしてくれる感じがします。形にならなかった、言葉にならなかった、苦しみ自体から来る感情。

これがなくなるだけでも結構楽です。その瞬間の痛みや痒みが「いたーい!」「痒〜い!」で、ぎゃーっと発散したら済む感じ。明るくなるのね。

言いたいこと、わかるでしょうか?本の本来のコンセプトとしては、病の元となっている感情を見つけ出すことにあると思うのですが、このワークだけでそこに行き着くのはちょっと難しいかなという印象です。いける人はいけるのかもしれません。

ただ、もしかしたら、突然の病気。例えば、がんなど。それまで内省的なワークに全く縁のなかった人が急に病気を告知された時など、心と体をつなげる第一歩としてはわかりやすいワークかもしれません。そこからもしかしたら気づきが始まるのかもしれないです。

でも、いずれにせよ、慢性病のその黒いものを払拭するのにはとても良いワーク。自分自身と体の苦しみを少し綺麗に切り分けてくれる。

あと、肝臓は怒り、肺は悲しみ、のように、臓器や症状と感情のつながりの一覧が結構あるので、そういう発想が今までなかった人にはとても良い情報かと思います。例えば皮膚の問題は「喜びがない時、自分の境界線が定かではない時、侵された時、外部から自分を守れない時」など。ワークを含め、病気のクライアントの多いセラピストさんにも良い情報かもしれません。

今もう一冊別の本にはまっています。「これがずっと読みたかった!」という本。以前からそうなのではないかと感じていたことがそのまま書かれています。マーカーで線を引きすぎて、ほとんどすべてのページにマーカーが引かれてしまった本。

これはもうあまりに伝えたい情報が多すぎて、どうしようかなと迷ってますが、ちょっとずつ紹介していきます。また、今度!