男性の体の不調は男性ホルモンが原因?

昨日、日経電子版健の健康・医療情報サイトで男性ホルモン関連のこんな記事を読みました。

「ふ〜ん、日本では一般の人はどういう認識なのかなあ?」と思って読んでみました。読んでみて、「いや、これはちょっとブログに書かないと」と思った次第。以下、長文注意です。

男性も50代を過ぎると一気に健康問題が増え、生活習慣病以外にも前立腺肥大症や前立腺がんのリスクが高まります。前立腺肥大に至っては、症状が出る出ないは別にして、50代で3割、60代で6割、70代で8割、80代で9割に細胞の変化が見られます。コンサルテーションでは、50代以上の更年期前後の女性がクライアントの場合、体と心に様々な影響を与えるホルモンバランスの状態をしっかり把握することが鍵になりますが、50代以上の男性の場合もそれは同じ。ホルモンのバランスを把握することが気になる症状の原因を探る上でのキーポイントになります。

ホルモンバランスが深く関係している前立腺肥大症や前立腺がん。この2つの病気は全く異なるものですが似たような症状を起こします。(前立腺がんでは病状が進行してからでないとこれら症状は発生しません)

  • 頻尿、夜間頻尿、残尿感、尿意切迫、終末時滴下(排尿が終わるときに尿がポタポタと滴ること)、尿閉など

上記記事『「ガクン」とくる!』の「体の変調」では、排尿問題が一番顕著。記事の内容としては、運動や食事と不調の関係も書かれていますが、男性ホルモンの低下が主な原因であると示唆されているように読めます。『男性ホルモンが増えるスポーツ』も、やはり、鍵は男性ホルモン、と読めます。

何も知らない人が読んだら「男はとにかくテストステロン!50代以降は特にテストステロンをどう高く保つかが鍵!」と思うだろうな、という印象を受けました。

どちらもキャッチはいいし、決して間違ってはいないのですが(『「ガクン」とくる!』の過度な糖質制限は要注意のところはとてもいいですが)、「少し誤解を与えるし、これじゃあ、男性陣本気にならないよ」と思いました。例えば、前立腺肥大自体は年齢を重ねると一般的に見られる組織の変化ですが、症状の度合いを決定するのは本当にテストステロンの量なのか?

最近、ちょっぴりメタボが気になりつつ、排尿に気になる症状も出始めたあなた。それはテストステロンが低いだけでなく、エストロゲンが高いのです。

確かに、テストステロンが低下すると、女性の更年期におけるエストロゲンの低下の影響と同様に、肥満やメタボ、うつ、EDは起こりやすくなります。

一方で、テストステロン(特にテストステロンから変換される強力な作用を持つジヒドロテストステロン(DHT)など)はできてしまった前立腺肥大や前立腺がんの細胞のレセプターに結合してその細胞を大きく育ててしまうので、西洋医学の前立腺がんの治療ではテストステロンの抑制を行う薬が処方されることもあります。自然療法でも、テストステロンからDHTに変化する酵素(5αリダクターゼ)の働きを阻害するハーブ、ソウパルメット(ノコギリヤシ)が使われます。でも、これらはどれも対症療法的な処方です。

テストステロンが多いのがいいの?少ないのがいいの?混乱しますね。

テストステロンが高いか低いかは、決して、前立腺肥大や前立腺がんの異常な細胞を生む元々の原因ではありません。まだはっきりと解明はされていないものの、前立腺肥大症も前立腺がんも、その病因として、エストロゲンドミナンス(テストステロンに対するエストロゲンの過多)、慢性炎症、エピジェネティックス変化(酸化ストレス、食事に因る)などの複合的要因が深く関与していると考えられています。(Carruba, 2007; Nicholson & Ricke , 2011)

現在は特にエストロゲンドミナンスの影響が注目されています。「前立腺がんの治療でテストステロンを抑制するのにエストロゲンを使うのに、前立腺がんを生むのもエストロゲンなの?」とこれまた混乱する人がいるかもしれませんが、ここで言うエストロゲンは、治療に使われる人口エストロゲンとは異なる種類のものです。

まず、体内で生成されるホルモンの基本。ステロイドホルモンは全てコレステロールを材料に作られます。ざっくり説明すると、コレステロールから女性ホルモンの一種プロゲステロンが作られ、そのあと、アンドロゲンからテストステロンなどの男性ホルモンに変換され、最終的にDHTやエストロゲンに変わります。一方で、男性ホルモンに変換されずに別ルートを取ってストレスホルモンのコルチゾールが作られます。それぞれの変換には栄養素が関わっており、ストレスの度合いや体内の状況(栄養価含む)に応じて作られるホルモンが変わります。

男性も、テストステロンだけでなく微量のエストロゲンも生成し、体内でテストステロンとエストロゲンのバランスを取っています。ただ、若い頃は圧倒的にテストステロンの量がエストロゲンより多いのですが、50代に入る頃からテストステロンが徐々に減ります。また、加齢の他に、ストレスを日常的に受けている状態では、コレステロールはどんどんストレスホルモン(コルチゾール)を作るのに使われ、また、コルチゾールを出し続けることで副腎疲労を引き起こし、結果的にテストステロンが低下してしまいます。

こうしてテストステロンが低下した時、反対に体内のエストロゲンが優勢になると、エストロゲンドミナンスを引き起こします。このエストロゲンはどこからくるのか?

まずエストロゲンの絶対量が増えるケースで一番の原因に挙げられる原因は肥満。脂肪細胞が男性ホルモンからエストロゲンを作り出します。脂肪細胞があればあるほど、せっせせっせとエストロゲンを生み出しているということ。これがエストロゲンドミナンスを引き起こします。肥満は一方でインスリンレベルを上げ、その影響で更にテストステロンが減ってしまい悪循環に。

『男性ホルモンが増えるスポーツ』の運動も、たまに筋肉を刺激する運動をしてテストステロンを増やしても、脂肪の絶対値が減らない以上エストロゲンは存在し、プラマイゼロ。まずは過度な糖質を制限し血糖値を安定化して、運動をして脂肪を減らしましょう。そうしないとエストロゲンは減りません。

また、ただ単にエストロゲンの絶対量が多くなることだけが問題ではありません。その種類や代謝物が鍵です。要は、質。エストロゲンに限らず、少なくなったテストステロンの質も大事です。質を落とす原因は?

婦人科系の病気(子宮内膜症、子宮筋腫、子宮がんなど)でよくお話しますが、エストロゲンも幾つかの種類(E1、E2、E3など)があり、またそれぞれが肝臓で代謝され数種類のエストロゲン代謝物質となります。同じエストロゲンでも、良いホルモンとその代謝物質、悪いホルモンとその代謝物質で種類が異なります。肝機能がうまく働かないために、ホルモン代謝がうまくいかずに悪者ホルモンが増えてしまった時に婦人科系の病気が起り、異常な細胞を大きくしてしまいます。これと同じことが男性の体でも起ります。何が原因で悪いものが作られてしまうのか?

健康なホルモンの代謝を担うのが肝臓です。エストロゲンもテストステロン(DHT)も肝臓で代謝されますが、その時に肝臓の代謝酵素が必要になります。すべての毒物(薬・アルコール)や脂溶性栄養素、ホルモンを含む脂溶性物質は、水溶性物質に変換して体外に排出できるよう「分解」と「無毒化する物質への結合」の二段階の肝臓のデトックス機能を通過します。まずはその第一段階の分解時に必要とされる代謝酵素は、アルコールや飽和性脂肪酸(肉など)を代謝する時にも必要とされる酵素です。要は、アルコールを飲んでいると、必要な酵素がアルコールの代謝に取られてしまい、飽和性脂肪酸の代謝もホルモンの代謝も上手にできなくなります。しかも、アルコールの代謝で強力な活性酸素(強力な毒物:酸化ストレス)が生まれるため、健康なホルモンの生成に必要な亜鉛やセレンやビタミンB群がものすごく大量にアルコール代謝物質の無毒化のために使われてしまいます。更に、第二段階では分解された物質が他の物質と結合する過程を経ますが、その過程に必要な栄養素がアルコールの代謝でほとんど使われてしまうため、正常に「結合」されず、悪いホルモン代謝物質に変換されたり、うまく代謝できずに過剰なDHTとエストロゲンを体内に残してしまったりします。この酸化ストレス、過剰なホルモン、悪いホルモンやホルモン代謝物質が体内を巡り悪さをします。

それから、ホルモン様作用としては環境ホルモンも存在します。エストロゲンと似た形をしていてエストロゲンレセプターに結合して細胞内に入り悪さをする環境ホルモン(DDTなどの農薬、BPA(プラスチックの素材)など)もエストロゲンドミナンスを誘発する原因の一つと考えられています。

ホルモンは肝臓以外でも前立腺の細胞でも代謝されますが、前立腺肥大が発生している前立腺組織ではDHTやエストロゲンの数値が高くなっていることがわかっています。これらの正常な代謝や代謝に必要な酵素の働きにも栄養素が関係しますが、それよりもこの代謝に直接影響する要因として懸念されるのが、前立腺組織に存在する慢性炎症や酸化ストレス。これら炎症性サイトカインや酸化ストレスがその組織周辺に存在するときに、悪い種類のホルモンが生成され、異常な細胞組織を作り大きくします。

慢性炎症とエピジェネティックス変化(酸化ストレス、食事にも因る)は、ほとんど全ての慢性疾患に関わっています。慢性炎症は、炎症を引き起こしやすい食生活(以下に記載)も原因の一つで、また、エピジェネティックス変化もビタミンB6、B12、葉酸など食事から摂る栄養素が深く関与しています。エピジェネティックスとは、遺伝とは異なり、すでに持っている遺伝子の表現が環境によって変化することを指します。簡単に説明すると、遺伝子は「タンパク質製造マシン」で、決まった遺伝子の形に応じたタンパク質(体を作る原料)をコピーして作り続けるものなのですが、そのコピーの際にコピー機(遺伝子)に傷が生じてしまい、元の形とはちょっと違うタンパク質を作ってしまうことがあります。このちょっと違うタンパク質を作ってしまう時に、本当はスイッチがオフになっていた遺伝子をオンにしてしまったりすることもあります。これがエピジェネティック変化です。こうして、眠っていた病気のスイッチだけではなく、がんのスイッチをオンにしてしまいます。そして、傷を作ってしまう原因が環境。特に酸化ストレスや上記栄養素が関わっています。

病気は遺伝だけが問題なのではなく、それをオンにするかオフのまま眠らせておくかは、生活習慣(食生活、ストレス)が大きく影響するということ。

さて、じゃあ、男性のホルモンバランスを整えるために、エストロゲンドミナンスと慢性炎症を解消し、エピジェネティックス変化を予防するためにはどうしたらいいか?

まずは、ホルモンバランスを整えて、炎症を解消し、酸化物質(酸化ストレス)を排除すること。人は誰しも年をとればホルモンの低下は避けられない。でも、ホルモンの質を高めてQOL(生活の質)を維持することは可能です。

  1. 運動による脂肪燃焼と持続的な適度な運動。(急激な食事ダイエットによる脂肪の燃焼は脂肪の中に溜まっていた脂溶性の毒物も大量放出されるため要注意。水を飲む・食物繊維を増やすなどのデトックスも並行して行うこと)
  2. お酒を飲まない日を作ること。
  3. 高カロリー食、過度な糖質制限(過剰なタンパク質の摂取)や過度な炭水化物の摂取、炎症性食品(赤身肉、動物性脂肪、トランス脂肪酸、乳製品、パン、砂糖)の制限。(過度なタンパク質の摂取は肝臓と腎臓に負担を与えます。)
  4. コレストロールの高い食品(特に内臓系)の制限。(過剰なコレステロールはそもそものホルモンの絶対量を増やしてしまいます。)
  5. 抗酸化食品(亜鉛・セレン・ベータカロテン、ビタミンC・E、リコペン(火を通したトマトなど)を含む食品、緑茶など)を増やす。
  6. 赤身肉と動物性脂質の代わりに、魚と鶏を増やす。
  7. 野菜、豆類、フルーツを増やす(特に上記栄養素以外に食物繊維を意識して)。
  8. カフェインの摂取を減らす。
  9. 豆腐や大豆食品などのフィトエストロゲン食品を増やす。(悪者エストロゲンの代わりにエストロゲンレセプターに結合して正しい作用を促してくれます)
  10. 水(ミネラルウォーターなど)を飲む。
  11. プラスチック製品を使っての調理・保存やレンチンをしない。

この中でも1番と2番、それから3番の抗炎症食品の制限が一番重要でしょうか。

この食事なら更年期予防にも良いので、食事を作られる奥様にもお願いしやすいかも?簡単に食物繊維を増やしたい場合は、ご飯にもち麦・押し麦・五穀米などの全粒穀類を混ぜると楽です。

これらを実践しても症状が残るならば、追加でサプリメントやハーブを。それでも、症状が辛い場合にお薬を選択する、という方法をとれば、お薬の副作用も最低限に抑えられますね。

これができたら、男性の「最近感じる体の変調・不調」にあるほとんどの症状が改善できるのではないかしら。全部をすぐには無理でも、ご家族で前立腺関係の病歴がある方は、少しずつでも意識して食生活を改善していくと良いですね。

脂肪は少ないけどテストステロンの低下に悩んでいる方は、処方が若干異なるので別途ご相談くださいませ。

う〜ん、慢性炎症と免疫と肝機能は、腸内環境も深〜く影響しているのですが、それも書いたら終わらないので、今日は止めておきます。

 

参考文献

Carruba, G. (2007). Oestrogen and prostate cancer: an eclipsed truth in an androgen-dominated scenario. J Cell Biochem, Nov 1;102(4):899-911. DOI: 10.1002/jcb.21529

Nicholson, T. M., & Ricke, W. A. (2011). Androgens and estrogens in benign prostatic hyperplasia: past, present and future. Differentiation; Research in Biological Diversity, 82(4-5), 184–199. http://doi.org/10.1016/j.diff.2011.04.006

Parsons, J. & Kellogg, P. J. (2007) Modifiable risk factors for benign prostatic hyperplasia and lower urinary tract symptoms: new approaches to old problems. The Journal of Urology , Volume 178 , Issue 2 , 395 – 40

Parsons, J.K. (2010). Benign prostatic hyperplasia and male lower urinary tract symptoms: epidemiology and risk factors. Curr Bladder Dysfunct Rep 5:212–218. DOI:10.1007/s11884-010-0067-2

Penning, T. M. (2010). New frontiers in androgen biosynthesis and metabolism. Current Opinion in Endocrinology, Diabetes, and Obesity, 17(3), 233–239. http://doi.org/10.1097/MED.0b013e3283381a31